近年、企業の課題となっているのが「人材の定着」です。せっかく採用した社員が早期に離職してしまうと、採用・教育コストが無駄になるだけでなく、社内の士気や業務効率にも悪影響を及ぼす可能性があります。
こうした課題に対する有効なアプローチとして注目されているのが「健康経営」です。
健康経営とは、従業員の心身の健康を経営的な視点から捉え、戦略的に推進する経営手法のことです。実際に導入することで「離職率の低下」や「採用力の強化」につながった企業も少なくありません。
この記事では、健康経営が離職防止と採用力強化にどのように効果を発揮するのかを、具体的な施策や成功事例とともにわかりやすく解説します。「人が辞めない職場」を実現したい経営者・人事担当者の方は、ぜひ参考にしてみてください。
健康経営が離職防止と採用に効果的な理由

健康経営に取り組むことは、単なる福利厚生の強化にとどまらず、離職防止や採用力強化に効果的とされています。
効果的な理由として挙げられるのが、以下の3つです。
- 従業員が健康的に働きやすい環境を提供
- 企業ブランド・イメージの向上
- ワークライフバランスの向上
ここでは、健康経営がどのようにして人材定着や採用活動にポジティブな影響をもたらすのか、その理由を3つの視点から解説します。
従業員が健康的に働きやすい環境を提供
従業員が健康的に働ける環境を整えることは、離職率の低下や採用力の強化につながります。
具体的には、ストレスチェックの実施や産業医との連携、快適なオフィス環境の整備といった取り組みにより、心身の不調を未然に防ぎ、従業員が安心して働ける土台を築くことが可能です。こうした環境づくりは、体調不良やメンタルヘルスの問題による離職リスクを軽減する効果が期待できます。
さらに、「働きやすい職場環境が整っている会社で働きたい」と考える求職者にとって、企業の魅力としてアピールできます。従業員にとって快適で安心できる環境を提供することは、結果的に人材の定着や採用にもつながるのです。
企業ブランド・イメージの向上
健康経営に取り組むことは、企業ブランドやイメージの向上につながり、結果として離職率の低下や採用力の強化に効果的です。
たとえば、健康経営を実践することで「従業員を大切にしている企業である」という姿勢が社外にも伝わり、企業への評価が高まります。特に、「健康経営優良法人」などの認定を受けている場合は、企業の信頼性が目に見える形で伝わり、求職者や取引先に対して好印象を与える効果が期待できるでしょう。
こうした取り組みは、「人が辞めない会社」「働きたい会社」としてのブランディングにつながり、優秀な人材の確保や人材定着を後押しするポイントになるのです。
ワークライフバランスの向上
健康経営に取り組むことで、従業員のワークライフバランスが向上し、会社に定着しやすくなる環境づくりが可能になります。勤続年数の長さは、企業の働きやすさを示す指標として、求職者にとっても魅力的です。
たとえば、柔軟な働き方としてテレワークや時短勤務の導入が挙げられますが、それだけでなく、労働時間管理システムによる残業の見える化や、年次有給休暇の取得促進といった制度面の改善も重要です。限られた勤務時間でも成果を上げられる仕組みを整えることで、仕事と私生活のバランスが取りやすくなり、従業員の働き続けたいという意欲にもつながります。
このようにワークライフバランスの充実は、従業員の満足度やモチベーションを高め、長く働き続けたいと思える職場づくりにつながります。その結果、離職の抑制や人材の定着に大きく貢献するのです。
健康経営で離職防止につなげる7つの具体的施策

健康経営の取り組みを離職防止につなげるためには、「具体的なアクション」が欠かせません。従業員の健康を守ると同時に、職場環境や働き方を見直すことで、定着率の改善が期待できます。
たとえば、以下のような施策が効果的です。
- ストレスチェックを実施する
- 定期健康診断の受診率を高める
- 食生活の改善をサポートする
- オフィス環境を整備する
- 社内コミュニケーションを活性化する
- 業務を見直し、残業時間を削減する
- 柔軟な働き方制度を導入する
ここでは、健康経営において実践したい7つの具体策をご紹介します。
ストレスチェックを実施する
健康経営においては、従業員の健康状態を正確に把握することが欠かせません。特に、メンタルヘルス面でのストレスチェックは、現代の職場環境において重要な取り組みのひとつです。
労働安全衛生法により、常時50人以上の労働者がいる事業場では年1回の実施が義務付けられています。50人未満の事業場については、2025年6月時点では努力義務ですが、今後義務化が予定されています(2025年法改正により、最長で2028年5月までに施行予定)。
個人結果は本人のみに通知されますが、従業員の同意を得た上で提供される集団分析結果を活用すれば、部署単位でのストレス傾向や課題を把握し、業務改善や人間関係の見直しに役立てることが可能です。
ストレスの多い職場では、離職率が高くなる傾向があります。しかし、ストレスチェックを通じてリスクを早期に察知し、適切な対応を取ることで、職場環境の改善や働きやすさの向上につながります。結果として、従業員の定着率の向上や離職防止にも大きく貢献するのです。
参照:労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律案の概要
定期健康診断の受診率を上げる
定期健康診断の受診率を高めることも、健康経営において重要な取り組みのひとつです。定期的な健康診断によって、従業員自身が身体の健康状態を把握し、早期の健康管理や予防につなげることができます。
健康診断の結果を単に伝えるだけでなく、産業医や保健師による結果説明会を実施し、従業員一人ひとりに応じた具体的なアドバイスを提供することで、健康意識の向上が期待できます。
また、再検査や精密検査が必要と判定された従業員に対しては、受診をサポートする体制を整えることも重要です。放置されがちな健康リスクに早期対応できる仕組みが、従業員の安心感や信頼性の向上につながります。
こうした体制が整っていることで、従業員は安心して働き続けることができ、健康不安による離職の防止にもつながります。
食生活の改善を支援する
健康を維持するうえで、適切な食生活は欠かせません。外食や不規則な食事をしてしまう従業員に向けて、企業が積極的にサポートすることが効果的です。
たとえば、健康に関するセミナーの開催や、栄養バランスの取れた食事を提供する社員食堂の設置、健康的な食事に対する補助制度の導入などが挙げられます。カロリーや栄養成分の表示、管理栄養士による献立の工夫などを通じて、従業員の食生活改善をサポートすることができます。
社員食堂の設置が難しい中小企業の場合は、健康志向の弁当宅配サービスとの提携や、近隣の健康レストランとの割引契約なども有効な選択肢です。
従業員の食生活が改善されることで、集中力や生産性の向上が期待できるだけでなく、体調不良による離職リスクの軽減にもつながります。
健康経営での食生活改善を詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてください。
オフィス環境を改善する
照明や空調、休憩スペースなど、オフィス環境の改善も健康経営を進めるうえで検討しておきたい取り組みのひとつです。
長時間のデスクワークによる身体的負担を軽減するためには、高さ調整が可能なデスクや椅子の導入、モニターの適切な配置、キーボードやマウスの貸与といった工夫が効果的です。これにより、肩こりや腰痛といった職業性疾患の予防につながります。
快適な職場環境は、集中力や生産性の向上を促すだけでなく、身体的なストレスを軽減し、従業員の離職防止に効果的です。「働きやすい職場」というイメージは企業の魅力として外部にも伝わりやすく、採用力の強化にもつながります。
社内コミュニケーションを促進する
職場の人間関係が良好であることは、ストレスの軽減や離職防止につながる重要な要素です。意図的にコミュニケーションの機会を設けることで、風通しの良い職場の雰囲気を育むことができます。
たとえば、社内専用のSNSやチャットアプリなど、従業員同士のコミュニケーションを促進するツールの活用を推進したり、従業員同士の交流を増やすために意見交換会を開催したりすることで、より効果的なコミュニケーションの促進が期待できるでしょう。
良好な人間関係が築かれた職場では、日常的に相談しやすく、助け合える空気が生まれ、従業員の定着率向上や離職リスクの低減につながります。
業務を見直して残業時間を削減する
業務時間を見直し、残業時間を削減することは、健康経営における重要な取り組みです。残業が常態化している職場では、心身への負担が大きく、離職の原因になりやすいため、根本的な業務改善が求められます。
業務内容を見直して、不要な業務の削減、重複作業の統合、さらに自動化できる業務の洗い出しを行い、従業員が本質的な業務に集中できる環境を整備します。
たとえば、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入やクラウドサービスの活用、コミュニケーションツールの整備など、業務のデジタル化を推進することで、効率化が可能です。
このように労働環境を改善し、働きやすい職場を実現することは、従業員の定着率向上に加え、求職者にとっても魅力的な企業イメージの構築につながります。
柔軟な働き方制度を導入する
柔軟な働き方を取り入れることも、健康経営の重要な取り組みのひとつです。従業員一人ひとりのライフスタイルやライフステージに応じた働き方を支援することで、継続的な就業を可能にし、職場への定着率を高めることができます。
たとえば、テレワークやフレックスタイム制、週休3日制度の導入などにより、従業員が自分にとって最も生産性の高い時間帯に働ける環境を整備します。これにより、育児や介護といった家庭の事情を抱える人も、無理なく仕事を続けることができ、優秀な人材の流出防止にもつながります。
このような柔軟な制度は、特に若年層や子育て世代にとって魅力的に映り、離職防止だけでなく、採用面でも企業の強みとなります。
健康経営で離職率が低下した事例紹介

ここでは、実際に離職率の改善を実現した3つの企業事例をご紹介します。
草津温泉 ホテルヴィレッジ
中沢ヴィレッジが運営する「草津温泉 ホテルヴィレッジ」では、従業員の定着率向上を目的に、2017年から健康経営を導入しました。お客様に心からの安らぎを提供するためには、まず従業員自身が健康で幸せであることが欠かせない、という考えに基づいた取り組みです。
具体的には、年間3日しかなかった休館日を、2019年度には15日、2023年度からは22日へと大幅に拡大。また、有給休暇の取得も積極的に推奨し、2022年には取得率が81.3%に達しました。
さらに、フレンチレストラン出身のシェフが手がける、味と栄養の両面を兼ね備えた社員食堂も整備し、食事面からも従業員の健康を支援しています。
従業員の定着が難しいとされる宿泊業界において、正社員36名の採用に対し、離職者はわずか3名。働きやすい環境づくりが功を奏し、新卒採用者数は10人前後で推移しているのに対し、応募者は2019年度の16人から2022年度には103名にまで増加しました。
参照:経済産業省 METI Journal ONLINE【「健康経営」は採用に強い人事の味方。ヘルスケア産業への期待高まる】
ナガオ株式会社
ナガオ株式会社では、社員の健康寿命を延ばしたいという社長の想いから、2018年に健康経営の取り組みをスタートしました。
社内にはセルフチェックができる健康測定システムを導入し、従業員が自分の健康状態を数値で把握できる環境を整備。測定データをもとに分析結果と個別アドバイスを提供することで、社員一人ひとりの健康意識を高めています。
さらに、マラソン同好会を立ち上げ、大会参加費やユニフォームの作成費を会社が全額負担するなど、運動習慣の定着を後押しする取り組みも行っています。
こうした活動を継続することで、同社の離職率は10年間でわずか0.5%という非常に低い水準を維持しています。企業の理念や働き方への共感から応募する人も増え、健康経営は採用面においても大きな効果を発揮しています。
株式会社アイザック・トランスポート
株式会社アイザック・トランスポートでは、社外からポジティブな企業イメージを持ってもらうことを目的に、健康経営を始めました。しかし、運転手は他の職種と比べて健康状態が悪い傾向があったことから、継続的な取り組みを続けています。
毎年の人間ドックを会社負担で受診できる体制を整え、従業員の健康状態を把握しやすくするとともに、病気の早期発見・早期対応につなげています。
また、時間外労働や休日労働の削減にも力を入れており、デジタル式運行記録計を活用して労働時間を詳細に管理しています。目標値を超えてしまった従業員には、安全管理部が直接かつ丁寧に指導を行い、改善を促しています。
こうした取り組みを通じて、運転手の働き方に配慮した職場づくりを進めた結果、同社の運転手の離職率は平均して3年に1名程度と、非常に低い水準を維持しています。
まとめ

企業が健康経営に取り組むことは、離職防止と採用力の強化という成果につながります。ただし、離職防止を目的として取り組むのであれば、従業員の「働きやすさ」を支える健康経営だけでなく、「働きがい」を生み出す評価制度の見直しも必要となるかもしれません。この両面からアプローチすることで、「この会社で働きたい」と思われる企業へと近づいていきます。
人手不足がさらに深刻化する今、採用活動だけでなく、「人材の定着」が経営のカギを握ります。健康経営は、その基盤となる重要な戦略のひとつです。
まずは、自社でも取り入れやすい取り組みから始めてみましょう。こうした一歩が、将来的には企業価値や採用力を高める大きな原動力となるはずです。
健康支援BonAppetitでは、効果的な健康経営を推進するサポートを行っています。離職防止につながる健康経営の実現を目指したいとお考えでしたら、ぜひご相談ください。
健康経営と離職防止について、さらに詳しく学びたい経営者様、健康経営担当者様にはこちらの動画をご覧になることをお勧めします。
この記事を書いた人

植村瑠美
管理栄養士 健康科学修士
健康経営エキスパートアドバイザー
メンタルヘルスマネジメント検定Ⅱ種
◆Profile◆
(株)健康支援BonAppetit 代表取締役
急性期総合病院で管理栄養士として10年間勤務し、生活習慣病患者を中心に5,000人の栄養指導を担当。現在は、多くの人が利用するコンビニ食や外食から始められる「食事の選び方」に着目した食事改善法をセミナー等で伝える。栄養素から伝える“理想的な食生活” ではなく、身近な食品から伝える “超実践的な食生活”を伝えるセミナーが行動変容が起きやすいと好評。