従業員の健康が大切ということは誰もが理解していますが、具体的に企業の生産性へどのような影響を与えるのでしょうか?
従業員の健康管理への施策は、単なる福利厚生の一環ではなく、企業の成長に直結する重要な施策です。病気や不調による欠勤(アブセンティーイズム)や、体調が優れない状態での勤務(プレゼンティーイズム)は、業務効率の低下を引き起こし、最終的には企業の利益にも大きな影響を与えます。
特に食生活の乱れは、集中力や判断力の低下を招き、労働生産性を大きく左右します。例えば、「朝食欠食」は、日本国内でも各世代で深刻な問題となっており、多くの研究で業務効率やメンタルヘルスに悪影響を及ぼすことが示されています。企業が食生活の改善に取り組むことで、従業員の健康状態を向上させ、生産性の向上を実現することができます。
本記事では、研究データを基に、従業員の健康と企業の生産性の関係、特に朝食欠食がもたらす影響について解説します。健康経営を進めるための具体的な施策もお伝えしますので、健康経営に取り組む企業の経営者や健康経営担当者の方は、ぜひ最後までご覧ください。

健康と生産性の関係
健康経営などの従業員の健康に取り組むことは、企業の利益に直接繋がらないと考える人も多いようです。
しかし、生活習慣病などの疾病の予防施策の経済的効果について、労働経済学的観点から分析した研究(1)によると、生活習慣病医療費とメンタルヘルス関連医療費は、企業業績には直接的な関係性があることが示されています。具体的には、生活習慣病医療費(1人当たり)が1万円減少すると、翌年の労働生産性が 1.9%上昇する可能性や、メンタルヘルス関連医療費が 0.1 万円減少すると、当年の利益率が 0.008%ポイント、翌年の利益率が 0.013%ポイント上昇する傾向があると報告されています。1人当たりではわずかな変化かもしれませんが、従業員の健康維持は企業の利益に直接的なメリットがあるということが分かります。

さらに、従業員の健康関連コストのうち、医療費が15.7%であるのに対し、労働生産性の損失が約80%を占めることが日本における調査で報告されています(2)。その主な要因は「プレゼンティーイズム(病気や不調を抱えながら働くこと)」が77.9%、「アブセンティーイズム(病気や不調により欠勤すること)」が4.4%であり、出勤はしているけれど体調不良のまま働くことで、生産性が著しく低下していることが分かります。体調不良による欠勤だけでなく、プレゼンティーイズムへの対策を見落としてはいけません。

引用:
1)健康と労働生産性の関係に関する労働経済学的研究
2)東京大学政策ビジョン研究センターWG「アウトカム指標による健康経営の可視化」
朝食欠食が生産性に与える影響
プレゼンティーイズムの対策はさまざまですが、中でも注目すべきは「朝食の欠食対策」です。労働者20,000人に対して行われた調査(3)によると、不眠と朝食欠食の両方に該当する労働者は、労働生産性が最も低いと報告されています。不眠や朝食欠食の課題を抱える人に共通する特徴として、若年者、一人暮らし、労働時間が週50時間以上が挙げられ、朝食欠食と不眠には関連があることも分かっています。個人の努力で改善することもありますが、企業としても睡眠時間の確保や朝食摂取推進のための支援や労働環境の整備が求められるといえるでしょう。
朝食を食べないと、脳に必要なエネルギーが不足し、集中力の低下を招きます。これにより業務効率の低下、判断ミスの増加、疲労感の蓄積などの問題が発生しやすくなります。
また、食事の不規則さが疲労感や抑うつ症状を増加させ、睡眠の質を低下させることも明らかになっています(4)。これらの要因が重なり、プレゼンティーイズムを加速させることになります。

朝食の欠食は、肥満や心血管疾患(狭心症や心筋梗塞)、糖尿病などの生活習慣病やメンタルヘルス不調のリスクを増大させることや、女性特有の健康課題である月経前症候群(PMS)にも関連することがわかっています。先にも述べたように、生活習慣病医療費とメンタルヘルス関連医療費は、企業業績には直接的な関係性があるため、企業として朝食欠食への対策を行うことは欠かす事ができないと言えるでしょう。
引用:
3)Masuoka R,Sato S,et al. Japanese Society of Health Education and Health Promotion. 2024;32(3):148-155
4)Hayashida T, Shimura A ,et al. Neuropsychiatric Disease and Treatment.2021:17 315—321
企業が取り組むべき食生活改善策
企業として、従業員の健康維持のためにどのような取り組みができるのでしょうか?効果的な施策を3つ紹介します。自社での取り組みをイメージしながらご覧ください。
①朝食習慣の定着に向けた取り組み
生産性の向上や不眠の予防・改善につなげるためにも朝食の欠食率を下げることが重要です。朝食を食べる習慣がなかった従業員は「朝、何かを食べる習慣を持つ」ことを目標に、すでに朝食を食べる習慣がある人は「バランスのとれた朝食を食べる」ことを目標に取り組んでみてはいかがでしょうか。
- 社内で健康朝食の提供(無料または補助制度):朝食を食べる習慣がなかった人にも、すでに食べている人にもメリットのある施策です。一般的に不足しがちな野菜料理や魚料理、大豆製品などの提供ができると理想的です。
- 朝食の重要性を伝えるセミナーの開催:朝食を食べる習慣がない人にとって、「なぜ朝食を食べる必要があるのか」は大きな疑問です。自分にとって必要なことであるのか、もし食べるならどうしたら良いのかを専門家から学ぶ機会を設けることは朝食習慣への第一歩として欠かすことはできません。
- 朝食のレシピを共有する社内コミュニティの運営:従業員が主体のコミュニティは職場風土の醸成に効果が期待できます。レシピやお勧めの商品、時短調理の便利グッズなどを共有することも良いでしょう。

②食生活改善に関するセミナーの実施
食事に関する正しい知識を学ぶことは、生活習慣の改善に直結します。食の専門家である管理栄養士の協力を得て、セミナーを実施しすることが望ましいでしょう。管理栄養士に依頼することで、従業員のライフスタイルにあった対応策や、より専門的な情報を学ぶ事ができます。
- 栄養バランスのとれた食事の選び方:自炊することが難しい場合は、冷凍食品やコンビニ食、外食を活用した方法を提案してもらえるでしょう。朝食では何を食べれば良いのか、夕食時間が遅くなる時はどうしたら良いのか、体重管理につなげるためにはどうしたら良いかなど、企業の健康課題や従業員のライフスタイルに応じた具体策を学ぶことができます。
- 簡単に作れる健康レシピ:自炊に挑戦したい、家族の食事を準備しているとうい方へは、時短調理や、一工夫で健康度がUPするレシピなどを提案してもらえるでしょう。SNSやレシピ投稿サイトに掲載されるレシピは一般の方が考えるため、塩分量や脂肪量が多いことがあります。専門的な視点から指導をうけることができます。
- 食事とメンタルヘルスの関係:食事バランスの乱れや、不規則な食事がメンタルヘルスや生産性へ悪影響となることは、あまり知られていません。専門的な視点から学ぶことで、日常の食生活やメンタルの状態を振り返り、従業員自身が対策を考える時間を設けることができるでしょう。

管理栄養士に食生活セミナーを依頼するメリットについてはこちらの記事をご覧ください
③社内環境の整備
オフィス環境を整えることで、従業員が健康的な食生活を送りやすくなります。食生活を整えるためには、企業として環境を整備することも重要です。
- オフィスにヘルシーなスナックや飲料を設置:ナッツ類やドライフルーツ、ヨーグルトや、トクホ商品などの健康に配慮した食品の販売コーナー、糖分の少ない飲料を中心に販売する自動販売機設置などは、従業員が手軽に健康的な食品を手にする機会を増やすことにつながります。
- 社食や社員食堂でバランスの取れたメニューを提供:社員食堂のメニューが変更できる場合、従業員が手軽に栄養バランスの良い食事をとれるだけでなく、実践的にバランスの良い食事を学ぶ機会にもなります。運用までにコストと手間はかかりますが、健康管理へのインパクトは大きいものとなります。
社内環境の整備についてはこちらの記事で詳しく解説しています。あわせてご覧ください!

食生活改善による具体的な成功事例
食生活の改善が生産性向上にどのように貢献するのか、いくつかの成功事例を紹介します。
事例1: 保険関連企業での取り組み(朝食提供プログラム)
保険業のA社では、従業員の朝食欠食率が高いことが問題視されていました。そこで、オフィス内に無料の朝食コーナーを設置し、ベースブレッドやバナナやヨーグルトなどの軽食を提供するプログラムを導入しました。その結果、朝食を食べた従業員から、「午前中の集中力が高まり、作業効率が上がった」「朝食を食べることで昼食を食べすぎることがなくなり、午後に睡魔に襲われることが減った」などの意見がありました。
生活習慣病の予防やメンタルヘルスの改善には時間を要しますが、体感的な変化は比較的短時間で得られます。良い変化を得られた従業員は社内での朝食提供がなくなった場合でも、自分で朝食を準備する習慣につながることがあります。

事例2: 広告関連企業での取り組み(食事セミナー)
広告代理店業のD社では、健康意識の向上を目的に、年に1回の管理栄養士によるセミナーを4年連続で開催しています。全従業員が参加できるよう、セミナーはオンラインで開催し、ライブ配信に加えて1ヶ月後の録画配信を行いました。1年目から、「セミナーの内容を実践するようになって体調がよくなった」「体重が減った」などの報告が従業員から寄せられていました。2年目以降、セミナー告知を見た従業員から、「昨年の●●が印象に残っている。今年は○○がテーマなんだね。」「セミナー告知を見て、昨年教えてもらったことを最近は実践できていないことに気づいた!今日からまた意識する!」など、1年前のセミナーの内容を記憶している様子が見られました。従業員の食生活に対する意識が高まり、その結果、従業員の食生活は徐々に改善し、体調不良によるプレゼンティーイズムの減少が見られるようになりました。

事例3: サービス業での取り組み(社員食堂改革)
ホテル業のI社では、社員食堂にサラダバーを導入しました。野菜の種類をたくさん準備することは難しいため、キャベツ、にんじん、トマト、きゅうり、コーンなどを数種類準備し、従業員が自由に盛り付けられるようにしました。ドレッシングもノンオイルや減塩タイプなど数種類そろえています。導入当初は女性従業員しか利用しないのではないか、という声もありましたが、実際には幅広い層が利用し、利用者は徐々に広がりを見せました。一人暮らしの従業員からは「野菜を食べる機会が少ないため、非常に助かる」という意見が寄せられました。結果として、従業員の満足度が向上し、食生活への意識も高まりました。

健診結果の改善には時間を要すること、パフォーマンスの向上は複数の要因が関連することなどから、食生活を改善したことが、すぐに目に見える評価に現れることはないかもしれません。しかし、会社が自分の健康に気遣ってくれているということが伝わると、従業員の満足度やモチベージョンのの向上につながります。さらに、会社への帰属意識が高まり、離職防止に効果を発揮するでしょう。
まとめ
企業の生産性向上には、従業員の健康が欠かせません。特に食生活の改善、特に朝食の重要性は見逃せないポイントです。健康経営の一環として食生活に関する施策の導入を検討し、従業員が健康的な生活を送れるようサポートしましょう。実践的な施策を取り入れることで、企業全体のパフォーマンス向上につながります。自社で行うことが難しい場合は、健康経営エキスパートアドバイザーや健康経営の認定取得に関するサービスを活ようすることが望ましいでしょう。
健康支援BonAppetitでは、効果的な健康経営を行うための支援や、管理栄養士による朝食欠食対策セミナーを開催し、企業の健康経営をサポートしています。従業員の健康増進と生産性向上を実現したいとお考えでしたら、ぜひご相談ください。より効果的な朝食欠食対策で、従業員の健康と企業の成長を促進しましょう!
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この記事を書いた人

植村瑠美
管理栄養士 健康科学修士
健康経営エキスパートアドバイザー
◆Profile◆
(株)健康支援BonAppetit 代表取締役
急性期総合病院で管理栄養士として10年間勤務し、生活習慣病患者を中心に5,000人の栄養指導を担当。現在は、多くの人が利用するコンビニ食や外食から始められる「食事の選び方」に着目した食事改善法をセミナー等で伝える。栄養素から伝える“理想的な食生活” ではなく、身近な食品から伝える “超実践的な食生活”を伝えるセミナーが行動変容が起きやすいと好評。